【研究の要旨とポイント】 活性酸素種(ROS)は、細胞に障害を与える毒性分子として知られてきましたが、近年、さまざまな生物において重要なシグナル伝達分子としてはたらくことが明らかになってきました。一方で、植物の基本的な発生・形態形成におけるROSの本質的な役割は、これまで十分に解明されていませんでした。 本研究では、遺伝的冗長性が低い苔類ゼニゴケを用い、植物が能動的にROSを産生する主要な酵素であるRBOHに着目しました。ゼニゴケが持つ2種類のRBOH遺伝子を同時に完全欠損させた変異体を作製し、植物発生におけるROSの機能を詳細に解析しました。 その結果、2種類のRBOH遺伝子を同時に欠損させた二重変異体では、発生初期段階から正常な形態形成が著しく阻害され、本来形成されるべき器官構造を形成できず、無秩序に緩やかに増殖する細胞塊となることがわかりました。 単一変異体解析、条件的ノックアウト、薬理学的阻害などを組み合わせた多角的な解析により、RBOH由来のROSが、1. 細胞分裂・増殖の促進、2. クチクラや細胞壁などの細胞外構造の健全性の維持、3. 細胞分化プログラムの起動を協調的に制御していることが明らかになりました。すなわち、RBOH由来ROSは、植物が秩序だった形を作りながら成長するための統合的な制御因子として機能することが示されました。 【研究の概要】 東京理科大学 創域理工学部 生命生物科学科の朽津 和幸教授、西浜 竜一教授、橋本 研志 元助教、山下 優音氏(博士課程3年)、萩原 雄樹氏(2020年度修⼠課程修了)、小川 瑞貴氏(博士課程2年)、星野 正剛氏(2025年度修⼠課程修了)、東北大学大学院 生命科学研究科の鈴木 秀政助教、京都大学大学院 生命科学研究科の岩野 恵研究員、埼玉大学 理学部 分子生物学科の石川 寿樹准教授らの研究グループは、活性酸素種(ROS)が、植物の発生において、細胞の分裂・増殖、組織構造の維持、細胞分化を協調的に制御していることを明らかにしました。 活性酸素種(ROS)は、ヒトを含む広範な生物の酸素呼吸や光合成などの過程で生成され、細胞に障害を与える毒性分子として広く知られる一方で、近年では生物における重要なシグナル伝達分子としても注目されています。植物では、NADPH酸化酵素(*1)であるRBOH(Respiratory Burst Oxidase Homolog)が主要なROS産生源として知られ、細胞の先端成長や環境応答に関与することが報告されてきました。しかしながら、RBOHにより能動的に産生されるROSが、植物の基本的な発生や形態形成に不可欠な役割を果たすかどうかは、これまで明らかになっていませんでした。その背景には、シロイヌナズナなどの被子植物では、RBOH遺伝子が多数存在し、互いに機能を補完する「遺伝的冗長性」を持つため、遺伝子を欠損させても顕著な異常が現れにくく、その本質的な役割が覆い隠されてきたことがあります。 そこで本研究グループは、遺伝的冗長性が低く、被子植物とは対照的に、MpRBOHAとMpRBOHBというわずか2種類のRBOH遺伝子を持つ苔類ゼニゴケ(Marchantia polymorpha)に着目しました。これらの遺伝子を同時に完全欠損させた変異体を作製し、植物発生におけるROSの役割を解析しました。その結果、二重変異体では発生初期段階から正常な形態形成が著しく阻害され、本来形成されるべき器官構造を形成できず、細胞が無秩序に緩やかに増殖した塊状構造(カルス状の細胞塊)となることが確認されました。さらに、単一変異体解析や条件的ノックアウト、薬理学的阻害など、多面的な手法による詳細解析により、RBOH由来のROSが、植物が秩序だった形態を形成しながら成長するための統合的な制御因子として、1. 細胞分裂・増殖の促進、2. クチクラ(*2)や細胞壁の健全性の維持、3. 細胞分化プログラムの起動を協調的に制御していることが明らかになりました(図1)。 本研究成果により、ROSは単なる代謝の副産物やストレス応答因子ではなく、植物が秩序だった立体構造を形成し、正常に成長するために不可欠な統合的制御因子として機能していることが示されました。本知見は、「活性酸素が植物の発生にいかに不可欠であるか」という長年の問いに、実証的な答えを与えるものです。また本研究は、植物の発生・形態形成を支える分子基盤の理解を大きく前進させるとともに、植物の強靱な成長制御や環境応答メカニズムの解明、さらには持続可能な農業技術への応用につながることが期待されます。 本研究成果は、2026年5月8日に国際学術誌「Current Biology」にオンライン掲載されました。2026年6月8日には、本研究の意義