株式会社シップ(東京都港区)は、全国の高校のみに配布するフリーペーパー『YOUTH TIME JAPAN 2026年6・7月号』を6月19日に発行しました。 自分だけの道を見つけ、目標に向かって進む学生たちに話を聞く企画『なにものがたり』。第2回は、今年の4月から女性限定のカーレース『KYOJO CUP』に参戦し、プロレーサーとしての一歩を踏み出した、現役女子高生レーシングドライバー・松井沙麗選手のものがたりを紹介します。 女子高生レーサーが新たな舞台レーシングカー・フォーミュラへ挑戦! 夢のF1レーサーへ一歩を踏み出す (C)KYOJO CUP ”自分もカートに乗って思い切り走りたい” ハンドルを握った瞬間にそう思ったことを鮮明に覚えています。 本リリースではインタビューの一部を抜粋してご紹介します。 Q .レーシングカートを始めたきっかけを教えてください。 父が趣味でレーシングカートに乗っていて、5歳の時にサーキットに一緒に行ったんです。そこで父の運転する姿を見て自分も乗ってみたいと思ったのがきっかけですね。その時に初めてカートに乗ったのですが、シートに座り、ハンドルを握って運転をする姿勢になった時に、“思いっきりカートに乗って思い切り走りたい”と思ったことを鮮明に覚えています。 Q .プロのレーシングドライバーを目指したきっかけを教えてください。 プロを目指すきっかけになったのは、小学3年生の時にJAFのジュニアカート選手権に出場した時です。レースは年間を通して順位を競うシリーズ戦が多いのですが、私の初めてのシリーズ戦出場がジュニアカート選手権でした。それまで個人でたくさんのローカルレースに出場していたのですが、全日本には全国からレベルの高いドライバーたちが集まってくるんです。シリーズ戦ならではの会場の雰囲気や、同じ会場で行われていたプロのレースを観戦して“これがプロドライバーの走りなんだ”と感動しました。その時、「いつか自分もプロのレーシングドライバーになりたい」と思ったのが、プロを目指した原点です。 Q .一番の挫折経験を教えてください。 私は2024年1月から2025年12月まで、イギリスに本社がある育成ドライバープログラム『ウィリアムズ・レーシング・ドライバー・アカデミー』の育成ドライバーとして、拠点をヨーロッパに移して活動していました。1年目は割と成績が良かったのですが、もっと頑張ろうと思っていた2年目から、思うように結果が出せなくなってしまって。私が参戦していたヨーロッパ選手権は、ヨーロッパのトップクラスの選手が参戦するシリーズで、私は当時観光ビザで海外に行っていたので、ビザの手続きの関係で十分な練習ができないままレースに臨むことが多く、決勝どころかプレファイナルにも残れないレースが連発していて……。結果が出せず、当時チームからもやんわりとではありますが「クビになるかもよ」というようなことは言われました。また自分のレーサー史上最大の事故を5月に経験したこともあって。メンタル的にも落ちていて、もうこのまま日本に帰って普通の中学生になりたいなと思ったこともありましたね。 Q .その経験をどのように乗り越えたのですか? 私が日本で6年間お世話になっていたメカニックの方が亡くなったことが大きな出来事ではあったのかなと思います。4月にイギリスのウィリアムズ・レーシングの本社に行き、育成プログラム担当の方とお話をする機会があったのですが、“9月の世界戦レースでいい加減に結果を残してもらわないと厳しいよ”というような内容で……。その後、ビザの手続きの関係で日本に一時帰国して、ヨーロッパに戻る前にそのメカニックの方とお会いしたんです。その3日後、スウェーデンで練習をしている最中にその方の訃報を知りました。突然の知らせで驚いて、とにかくつらかったです……。だけど9月には私のクビがかかった大事なレースがあるし、亡くなったメカニックの方に恥ずかしくないように、今までで一番いい結果を出すつもりでレースに挑もうと、頑張って気持ちを切り替えました。何がなんでもこのレースだけは笑顔で終わろうと決めて頑張ったんです。そうしたら、それまでで一番良いタイムが出せて。久しぶりに気持ちいい走りができたなと感じることができました。チームの方も結果を見てくれていて「頑張ったね」って言ってくれて。その出来事がつらい期間を乗り越える大きなきっかけになったかなと思います。 Q .2026年4月から、これまで乗っていたカートからレーシングカー“フォーミュラ”にステップアップした感想を教えてください。 そもそもフォーミュラとは、ある決められた規格で作られたレーシングカーのことを言います。今年度から私はこれまで乗っていたカートから、フォーミュラに乗り換えてレースに