DA PUMP TOMO(提供画像) 株式会社シップ(東京都港区)は、全国の高校のみに配布するフリーペーパー『YOUTH TIME JAPAN 2026年6・7月号』を6月19日に発行しました。 今号の「YTJ Pick Up!」には、ボーカル&パフォーマンスグループ・DA PUMPのTOMOさんが登場。10年以上前から「地元でダンススクールを開校するのが夢だった」と話すTOMOさんがついに愛知県名古屋市にダンススタジオ『STUDIO IC』をオープン!ダンスを始めたきっかけや、ダンススクールを通して生徒たちに学んでほしいことなどを聞きました。 本リリースではインタビューの一部を抜粋してご紹介します。 Q .ダンスを始めたきっかけを教えてください。 僕がダンスを始めたのは17歳の高校生の時でした。その頃は今みたいにダンスが身近なものではない時代で。周りにダンスをしている人が1人もいない中、学校の授業で創作ダンスを考えなければいけない状況になったんですよ。そこで、テレビでアーティストが踊っているのを録画してコマ送りにして見始めたのが、最初にダンスに触れ合ったきっかけでした。当時はテレビが情報源だったので、DA PUMPのダンスも参考にしていましたね。 Q .ダンサーを目指そうと思ったきっかけを教えてください。 めちゃくちゃ軽い考えではあるのですが、文化祭でダンスをしたら女の子にすごくモテたんです(笑)。当時は自分の表現方法というとスポーツかおしゃべりなどの身近なものだったのですが、音に乗せてダンスをした時にみんなから反応をもらえたことがすごく嬉しくて。そこからダンスにハマっていきました。高校卒業後はダンスで頑張りたいという思いがあったので、新聞の切り抜きで見つけた「沖縄アクターズスクール東京校」のオーディションを受けて、合格したので高校卒業を機に上京しました。そこからはアルバイトをしながらスクールに通って、とにかくダンスを上手くなるために練習する日々でした。 Q .ダンスをするなかで転機となった経験はありますか? 今ダンス歴が30年近くなってきているんですけど、何回か衝撃的なことはありましたね。その中の一つを挙げるとすると、アメリカに行った時の衝撃はすごすぎましたね。それまでダンス・ヒップホップというカルチャーに憧れて生きてきたんですけど、アメリカに行ったら街の中にそれが全部あったんです。例えば落ちているゴミですらかっこいいと思うほど、街を歩いていて刺激がありました。当時は今みたいにインターネットがなかったので、紙の地図を持ちながらアメリカの街をドライブをしたりしていました。もちろんダンスレッスンにも行くのですが、めちゃくちゃ上手い人がたくさんいるんですよ。生徒のなかにも先生レベルの人たちがいるので、“こいつらと肩を並べてやらないといけないのか”と思ったり、アメリカに行った時の衝撃はとんでもなかったです。 Q .ダンスで挫折した経験はありますか? 僕はめちゃくちゃポジティブマインドなので、失敗してもこれはこれで……と変換しちゃうクセがあって。“失敗も無駄じゃないのかな”と捉えています。挫折なのかはわからないですが、お金がなかったのが一番キツかったかもしれないです。お金がない中でどうやっていいものを作るかを考えていました。あと大きな悩みというところでは、ダンサーとしてどうなっていくのか明確じゃなかった時期は不安ではありましたね。ダンスでお金を稼げるようになって、レッスンを持ったり、バックダンサーをやったりして、アルバイトを辞められるようになって。その一方で、“ストリートダンサーの次のステージって何なんだろう”と、将来に対する不安を感じていた時期もありました。 Q .ダンサーとしてなりたい姿を明確に見つけたのはいつだったのですか? 僕が27歳の頃、DA PUMPがやっていたダンス番組『スーパーチャンプル』に出演したのをきっかけに、ISSAくんが僕のショーを見に来てくれたり、とても仲良くさせていただいていたんです。その時に、ISSAくんからDA PUMPのメンバーを増やしたいからメンバーに入ってくれないかと声をかけていただいて。誘われた時に、DA PUMPの映像を見てダンスを始めて、DA PUMPみたいになりたかった過去の自分を思い出したんですよね。それまではダンスを始めたきっかけを忘れてたまま、ただひたすらダンスが上手くなりたいということしか思っていなくて。ISSAくんに声をかけてもらった時に、そのことを思い出して、そこで将来像が見えたかなという感覚がありましたね。 Q .5月17日にダンススタジオ『STUDIO IC』をオープンしましたが、今の心境を教えてください。 10年以上前からダンススクールをやりたいなと思っていて、タイミン