千葉大学大学院工学研究院の山田泰弘准教授らの研究チームは、長年「謎」とされてきた炭素材料のラマン分光法(注1)やX線光電子分光法(XPS)(注2)などのスペクトルに現れる欠陥由来の「謎」ピークの構造的起源を、原子レベルで解明することに成功しました。分光分析とシミュレーションの融合により、環状エーテルや非六員環(注3)などの特定の原子構造がスペクトルに与える影響を明らかにした本成果は、炭素材料の構造をかつてない精度で解析することを可能にしました。これにより、欠陥の正確な性質を把握できる新たな評価基盤として、次世代材料の開発を加速し、航空宇宙工学から燃料電池、断熱材などに向けた革新的な炭素材料の精密設計への応用が期待されます。 本研究成果は、2026年6月29日に学術誌Journal of Materials Scienceにおいてオンラインで公開されました。 (論文はこちら:10.1007/s10853-026-12911-9) ■研究の背景 航空宇宙工学から燃料電池、断熱材に至るまであらゆる分野において不可欠な炭素材料は、その性能や具体的な用途が、構造的特性、特に欠陥の種類や分布に大きく依存しています。これまで炭素材料の分析には主にラマン分光法 、赤外分光法(IR)、およびXPSが用いられてきました。しかし、構造条件の多様性や解釈の不一致から、特定のピークを局所化学構造に正確に割り当てることは極めて困難であり、原子レベルでの複雑な欠陥構造の理解は、炭素材料科学における長年の「ブラックボックス」となっていました(参考文献)。 図 炭素材料における「欠陥ピーク」の構造的起源の解明。図中の赤色ピークが欠陥由来のピーク。(画像:Gemini Pro) ■研究成果のポイント 研究チームは炭素繊維(注4)を分析モデルとして用い、酸素含有官能基や非六員環、空孔欠陥を含む34種類のグラフェンモデルを構築し、実験的評価と高度なスペクトル計算による詳細な構造解析を行いました(図)。 ①XPSにおける285 eVピークの真の由来を解明:これまでsp3混成炭素(注5)に起因すると広く考えられてきた285 eV付近のピークが、実際には七員環、八員環等の空孔欠陥を含む3つの環に囲まれた炭素原子に由来することを発見しました。 ②ラマン分光法における謎のピークの構造的起源を特定:1500〜1550 cm⁻¹のピークが、近傍の非六員環や環状エーテルなどの酸素含有官能基の影響を受けた六員環内のC=C結合に由来することを解明しました。 ■今後の展望 本研究は、非六員環や環状エーテルなどの種々の欠陥がラマンおよびXPSスペクトル等に与える影響を解明し、分光データを正確に解釈するためのフレームワークを確立しました。これらの欠陥に由来する特定のピークの正確な原子レベルの起源は、長年の謎とされていました。本研究成果は、様々な炭素材料の構造をかつてない精度で評価するための重要な基盤となります。欠陥の正確な性質を理解することは、材料の機械的、熱的、電気的、化学的特性を向上させるために不可欠であり、高度な産業・環境用途に向けた次世代炭素材料の精密なエンジニアリングへの道を切り開くものです。今後は異なる種類の欠陥構造についても解明を進めていきます。 ■用語解説 注1) ラマン分光法:物質にレーザー光を照射した際に散乱される光(ラマン散乱光)を測定することで、分子の振動状態や結晶構造の乱れを調べる分析手法。炭素材料においては、結晶性の高さや欠陥の度合いを評価するための極めて一般的な手法として広く用いられている。 注2) X線光電子分光法(XPS):物質にX線を照射し、放出される電子のエネルギーを測定することで、物質表面の元素の種類や化学結合状態を調べる分析手法。 注3) 非六員環:通常のグラフェンなどの炭素網面は六角形(六員環)のネットワークで構成されるが、その構造内に生じる五角形(五員環)や、七角形(七員環)、八角形(八員環)などの変則的な構造のこと。 注4)炭素繊維:高温で調製された一般的な炭素材料のこと。 注5)sp3混成炭素:炭素原子の結合状態の一種で、周囲と4本の単結合を形成し立体的な正四面体構造をつくる状態のこと。非常に強固な性質を持つため、炭素材料のXPS分析では、これまで285 eV付近のピークの原因と一般に解釈されていた。 ■論文情報 タイトル:Unveiling origins of defect peaks in carbon materials by analyzing oxygen and non‑hexagonal rings in isotropic pitch‑based carbon fiber using Raman, infrared, X‑r