数々の特別な新作をもってトゥールビヨンの遺産を祝うブレゲ ブレゲ・マニュファクチュールは、以前から時計師ブレゲが発明したトゥールビヨンの進化に絶えず取り組み、その起源となる彼の発想に根差しながらも、高精度の探求という独自の構想に役立てるための貴重な技術の完成度を高めてきました。ここに発表するあらゆる新しい時計にその展望が表現されています。 クラシック トゥールビヨン 7357 歴史を象徴する発明 1793年、フランス革命による数々の卑劣な行為は、ブレゲと家族がケ・ド・ロルロージュの工房を去る結果を招き、ブレゲはスイスで避難生活を送ります。ヌーシャテル、続いてル・ロックルで過ごした時計師ブレゲは、この中断を生かして自身の独創的なビジョンのいくつかに再び取り組み、メゾンの今後に思いを馳せました。 1795年にパリに戻って以来、ブレゲは自身の将来のみならず、時計製造の将来にとっても決定的な発明の数々を発表します。とりわけ置時計の上部に据えた懐中時計の時刻を調整する「シンパティック・クロック」、ミニマリズムによって時計のデザインコードを再発明し、メゾン・ブレゲが2025年に復刻した「スースクリプション ウォッチ」、触覚で時刻が分かる「モントレ・ア・タクト」などです。 アブラアン-ルイ・ブレゲはまた、2つの機構を開発しました。1798年に特許を取得した「コンスタント・フォース」と呼ばれる脱進機と、続いて3年後の1801年に特許を取得した「トゥールビヨン・レギュレーター」です。今年225周年を祝うのが、まさにこのトゥールビヨンです。 特許を取得したトゥールビヨン・レギュレーターの水彩画による機構図、1801年。 時計革命の形成過程 トゥールビヨン・レギュレーター、すなわちトゥールビヨンは、時計の構成部品の中で非常に重要な役割をもつテンプとひげゼンマイが地球の重力によって下に「引き寄せられる」ように振動するのを確認したことに基づいています。調速機はその重力の悪影響を受けます。ブレゲの時代の懐中時計は、ほとんど垂直の状態で用いられていたので、時計が垂直姿勢の場合の重力の不均等が一段と著しくなっていました。 この難題を解決するためには、重力の法則から目をそらすことはできないと、ブレゲも理解していました。そこで彼は、この問題の回避する方法を考えました。そして彼が発明したのは、脱進機と調速機(テンプとひげゼンマイ)をケージ(キャリッジ)の中に入れ、それがあらゆる姿勢を取るように軸の周りで常に回転させるというシステムです。これによってテンプとひげゼンマイから成る調速機の重心は中心、つまり回転軸上に常になることにより、静止姿勢にある時計に生じる不均等な振動の悪影響を補正するのです。ブレゲはこのシステムをあらゆる垂直姿勢をいわば「かき混ぜる」ために考案し、最終的にそれが高精度を達成する手段になると考えました。 ブレゲの頭の中でトゥールビヨンの構想が熟したのがスイス滞在中の1793年から1795年の間と考えられますが、パリへの帰還から1801年6月26日の特許取得までに6年が過ぎ、さらに特許発効から初の時計が販売されるまでも6年も経過しました。 ブレゲと彼の協力者たちは、1796年から1829年の間にトゥールビヨンを40点完成させました。他にも未完成品が9点ありましたが、それらは台帳に「損失」「スクラップ」「紛失」などと記載されていました。 以前からブレゲ・マニュファクチュールは、トゥールビヨンに高精度の新たな地平を切り開くため、オートオルロジュリーにおける最も繊細で複雑な機構のひとつに数えられるこの装置の改良にたゆみなく取り組んできました。そのためにメゾンは、高振動という純粋に時計技術の領域における新たな手法を開発するとともに、コンスタント・フォース付きマグネティック脱進機のような先端科学を取り入れた技術にも挑みながら、トゥールビヨンの可能性をさらに押し広げています。 クラシック トゥールビヨン 7357 「クラシック 7357」は、メゾン・ブレゲの歴史的なモデル「Ref.3350」を継承する時計です。1989年に発表された「Ref.3350」は、現代のメゾン・ブレゲが実現した初の腕時計トゥールビヨンに他なりません。時計コレクターの間で最も探し求められるこの「Ref.3350」を動かしていたのも同じように歴史的なムーブメントのキャリバー558でした。新しい「クラシック トゥールビヨン 7357」は、その直系の子孫です。搭載されているのは、有名なキャリバー558を最適化して現在キャリバー187Bに生まれ変わったムーブメントです。トゥールビヨンの特許225周年を記念して、プラチナとブレゲゴールドによる2種類を展開し、いずれもブレゲ・シールの認証が付与されてい