アスタミューゼ株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 永井歩)は、農業における窒素循環に関する技術領域において、弊社の所有するイノベーションデータベース(論文・特許・スタートアップ・グラントなどのイノベーション・研究開発情報)を網羅的に分析し、動向をレポートとしてまとめました。 農業における窒素循環技術とは 窒素は、植物の生育に欠かせない元素であると同時に、地球環境にも大きな影響をあたえる物質です。20世紀初頭に開発されたハーバー・ボッシュ法によって合成窒素肥料の大量生産が可能となり、農業の生産性は劇的に向上しました。しかし、つかった肥料にふくまれる窒素のうち、実際に作物が吸収できるのは約50%にとどまります。残りの半分は環境中に流出してしまうのです。 この「窒素損失」は、農業における最大の未解決課題のひとつです。失われた窒素の一部は亜酸化窒素(N₂O)として大気中に放出されます。N₂Oは人間活動に起因するN₂O 総排出量の60〜70%を農業が占めるとされており、地球温暖化やオゾン層破壊の原因となります。また、硝酸態窒素(NO₃⁻)として水系へ流出した窒素は、湖沼や沿岸域の富栄養化、さらに飲料水の汚染にもつながります。 「農業窒素循環技術」とは、こうした窒素損失を制御することで、(1)N₂O排出の削減(温暖化対策)、(2)硝酸態窒素の溶脱防止(水質保全)、(3)精密施肥による効率最大化(施肥最適化)という3つの課題を同時に解決しようとする技術領域です。 これら3つの課題に共通する根本原因は、土壌中の微生物がおこなう「硝化」と「脱窒」という代謝プロセスにあります。硝化とは、肥料由来のアンモニウムイオン(NH₄⁺)が微生物のはたらきによって亜硝酸態窒素(NO₂⁻)を経て硝酸態窒素(NO₃⁻)へと変換される過程です。一方、脱窒とは、NO₃⁻が段階的に窒素ガス(N₂)へと還元される過程であり、その途中で温室効果ガスであるN₂Oが副産物として放出されることがあります。 こうした問題への有効なアプローチのひとつが「硝化抑制剤」です。これはNH₄⁺からNO₂⁻への変換を抑制する物質です。NH₄⁺を土壌中に長く保持することにより、N₂Oの発生抑制・硝酸態窒素 の流出防止・施肥効率の向上という3つの効果を同時に実現します。先述の3つの課題に対して、1つの手段でアプローチできる点が、この技術の特徴です。 こうした技術的な取り組みと並行して、政策面での動きも加速しています。EUが2020年に策定した「Farm to Fork戦略」(注1)や日本が2021年に打ち出した「みどりの食料システム戦略」(注2)に代表されるように、化学肥料の使用削減と持続可能な農業の実現を長期目標にかかげる政策が各国で相次いでいます。技術開発と制作誘導が両輪となって動き始めている点が、この領域の重要なトレンドといえます。 注1:https://food.ec.europa.eu/system/files/2020-05/f2f_action-plan_2020_strategy-info_en.pdf 注2:https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/ 本レポートでは、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、「農業窒素循環技術」に関連する技術動向を分析しています。対象は特許・論文・グラント(研究プロジェクト)・スタートアップ企業の4領域にわたり、2015年から2024年までの直近10年間のデータをもとに分析しました。 農業窒素循環技術に関連する特許の動向分析 アスタミューゼの保有する特許データベースから、タイトルおよび要約に「窒素固定」「硝化抑制」「N2O削減」「精密施肥」などのキーワードをふくむ特許母集団7,121件を抽出し、分析しました。図1は、2015年以降に出願された農業窒素循環技術に関連する特許タイトルと要約にふくまれるキーワードの年次推移です。 図1:農業窒素循環技術に関連する特許におけるキーワードの年次推移(2015~2024年) キーワードごとの成長率(Growth)は、2015年以降の出現回数を分母、2020年以降の出現回数を分子とした比です。値が1に近いほど出現の大半が2020年以降に集中していることを意味し、近年急速に注目されているキーワードといえます。 特許キーワードの動向からは、大きく3つの技術的潮流が読みとれます。 1つは、硝化抑制技術の多様化です。化学的硝化抑制剤の分子骨格に関するキーワードは2020〜2022年に集中して出現しており、なかでも「pyridine-4-carboxamide」は新規化合物の探索、「nitrapyrin」は既存剤の製剤技術(ポリマー複合体や微細