京都・世界遺産・仁和寺にて、アーティスト・轟修杜による2年連続となる個展を開催いたします。フランスを拠点に活動する中で、私たちは改めて、日本文化が持つ静けさや精神性の豊かさを感じるようになりました。世界へ発信する今だからこそ、日本から伝えられるものがある。次なる個展に挑むのであれば、日本を代表する寺院で開催したい。その想いから選んだ舞台が、約1,100年の歴史を持ち、日本文化と祈りの精神を今に伝える世界遺産・仁和寺でした。昨年、仁和寺・黒書院で初めて個展を開催し、多くの方々に作品をご覧いただきました。「作品と向き合うことで心が穏やかになった。」「言葉では表現できない感情が伝わってきた。」そんな温かい反響を数多くいただきました。2年目となる今回は、初開催で得た経験をもとに、展示構成や作品の見せ方、空間演出をさらに磨き上げました。 展示会場は、昨年の黒書院から白書院へ 作品と空間がより深く響き合う展覧会として、新たな世界観をお届けします。この作品だからこそ伝えられるものがあり、この場所だからこそ生まれる時間があります。歴史と静けさに包まれた空間で、作品と向き合い、自分の心に耳を傾ける。その体験を、この場所から世界へ届けたい。それが、二年目の挑戦です。 言葉ではなく、画で世界とつながる 轟修杜は、3歳の頃、言葉によるコミュニケーションが難しく、自閉症と診断されました。小学校入学後も筆圧が極めて弱く、10歳頃まで鉛筆を十分に握ることができませんでした。三角鉛筆や4Bの鉛筆、ビー玉を握る練習、鉛筆に洗濯ばさみを付けるなど、さまざまな工夫を重ねましたが、文字や絵を描くことへの興味は乏しく、筆箱には1年生から4年生まで同じ鉛筆が入ったままでした。転機となったのは、大好きだった「歌」でした。「絵描き歌から始めてみよう。」音楽教師の協力のもと、絵描き歌に取り組み始めたことがきっかけとなり、描くことの楽しさを知ります。やがて紙だけでなく、壁やシーツなど空白を見つけては夢中で描くようになりました。その世界は、ひらがな、カタカナ、アルファベット、数字を自由に組み合わせた、独創的で色彩豊かな作品へと進化していきます。現在では幼い頃からは想像もできないほど力強い筆圧で描き、使用するペンがすぐに潰れてしまうほどです。完成した作品には語りかけるように向き合い、一枚一枚と対話をしている姿が印象的です。言葉による表現が難しかった彼にとって、画は世界とつながるための「もうひとつの言語」となりました。誰かに合わせるためではなく、自分の感覚を信じて描き続けること。それが、轟修杜というアーティストの表現の原点です。 2,000枚に1枚だけ生まれる作品 作品制作に使用するのは、特別な画材ではありません。本人が最も好むのは、どこのスーパーマーケットでも購入できる水性カラーペンとA4のコピー用紙です。高価な画材ではなく、自分が最も描きやすい道具を選び続けています。制作途中で少しでも納得がいかなければ、新しい紙に最初から描き直します。その繰り返しの中で完成する作品は、およそ2,000枚に1枚。現在はA3サイズの作品にも取り組み、40cm四方のキャンバス作品も制作しています。今回展示する大型作品は、それぞれ異なる時期に描かれたキャンバスをひとつの作品として繋ぎ合わせたシリーズです。制作時期は違っていても、不思議なほど自然に一つの世界を描き出し、新たな表情を生み出しています。普段は寄宿舎で生活しており、制作は週末、自宅で過ごす時間に行われます。一晩中集中して描き続けることもあれば、日中に突然描き始めることもあります。制作のために机と椅子も用意しましたが、本人は座卓に正座をして描くスタイルを貫いています。 なぜ仁和寺なのか 仁和寺は、皇族ゆかりの門跡寺院として、日本文化を象徴する歴史と伝統を今に受け継ぐ世界遺産です。轟修杜の作品には、決まった答えはありません。文字のようにも見え、模様のようにも見えるその画は、見る人それぞれの感覚によって完成します。作品を理解しようとするのではなく、自分は何を感じたのか。その心の声を感じること。作品は、そのきっかけを与えてくれます。仁和寺という場所には、長い歴史の中で育まれてきた静けさと、日本文化が息づいています。言葉ではなく画で世界とつながってきた修杜にとって、その静けさの中で自分の感覚と向き合う時間は、これまでの歩みそのものとも重なります。仁和寺という空間は、この作品が届けたい時間を、より豊かに育んでくれる場所だと感じています。 家族として、この個展に寄せて 息子が幼い頃、自閉症と診断されたとき、私たちは「どうすれば周りと同じようにできるようになるのだろう」と考えていました。言葉を話せるように。字を書けるように。人と上手にコミュニケーションが取れる